大企業の中にいると現状維持が普通になる。職場の同僚も同期入社の友人も顔ぶれが変わることなく、同じような日々が続くことが普通になっていく。
新卒で就職して同じ職場で40年を過ごすという、いわゆる「終身雇用にどっぷり浸かった働き方」は現実的ではなくなったと言われるようになってしばらく経つ。
SNSなどでは「終身雇用は終わった」と繰り返し騒がれているが、どこか遠い世界のことのように感じている会社員も多いのではないか。
私自身も新卒で今の会社に入社し、同じ職場で同じような仕事を10年以上続けてきた。身の回りで多少の人の入れ替わりはあるが、自分の仕事や環境が大きく変わった印象はない。
しかし、実は焦りを感じている。
同じ会社の中で違う職種に挑戦し、新たなスキルを身につけた方が良いのではないか?
あるいは転職してさらに成長できる環境に身を置いた方が良いのではないか?
北野 唯我さんの著書『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』(ダイヤモンド社、2018年)は、単純に転職を勧める本ではない。
会社員が転職を意識した場合、まず必要なのは自分のマーケットバリュー=市場価値を把握することだ。
今いる会社の年収ではなく、自分が他社で働く場合にいくらの値札が付くのか?をれを客観的に把握できなければ転職はうまくいかない。
では、市場価値を把握し、高めていくためにはどう行動するべきなのか、そしてそれはなぜなのか。
本書には「すぐに転職したい!」という人でなくても役に立つ「市場価値を上げるための思考法」が詰まっている
WHY?:なぜ市場価値を上げる必要があるのか?
自分の市場価値を理解するため
転職したいと考えた場合、世の中から見たマーケットバリューすなわち市場価値を理解する必要がある。
もしこの世の中に、会社が潰れても生きていける大人と、生きていけない大人の2種類がいるとしたら、両者を分けるのは何か。それが、『上司を見て生きるか、マーケットを見て生きるか』だ。
位置No. 205
マーケットを見て、自分の市場価値を常に問わないと、会社の肩書がないところで仕事ができるようにはならない。
もしあなたが、他の誰にも提供できない唯一無二の価値を提供することができるなら、市場価値は非常に大きいと言える。
一方、社内では重宝される特技やスキルを持っていたとしても、それが世の中で求められていない場合、あなたの市場価値は小さいものとなる
転職するということは、自分のスキルやそれ以外の資産が、転職先の会社から必要とされていなければならない。
求められるものは企業によって異なるだろうが、自分がもつ資産について整理しておき、足りない部分を把握することは有用だ。
転職活動をしながら必要なスキルを身につけたり、足りない部分を補うことで転職できる可能性を高められるからだ。
WHAT?:市場価値を決めるものは何か?
本書では、市場価値を決める要素として以下の3つを挙げている
- 技術資産
- 人的資産
- 業界の生産性
①技術資産
「技術資産」は、今いる会社とは別の会社でも役立つ知識・ノウハウのことで、「専門性」と「経験」に分けられる。
「専門性」は職種に紐づくもので、営業、会計、プログラミング、デザインなど専門スキルのことだ。経験は職種とは関係なく、チームを率いた経験や企画をする仕事の経験などを指す。
「専門性」は環境または才能の影響を受けるため、普通の人は経験で勝負することが重要になる。
②人的資産
「人的資産」は、いわゆる人脈のこと。これがあると、転職した場合にも継続して仕事がもらえる可能性がある
③業界の生産性
「業界の生産性」は、その業界で働く一人当たりの価値の量(=粗利)のことで、上記の3つの要素のうちマーケットバリューに与える影響が一番大きい。
先細りになることが確実な業界で、仮にたくさんの経験を積んだとしても、そこで得られた技術資産はどんどん必要がなくなっていく可能性が高い。
いわゆる「AIに代替される仕事」で構成されるような業界だと、経験を積んだとしても市場価値が高まらないのだ。
HOW?:市場価値を上げるためにどうするか?
市場価値は上記の3要素で構成されるのだから、技術資産や人的資産をコツコツ積み上げていくことで市場価値が高まる。
しかし、本書では少し違う角度から市場価値を上げる方法を提案している。
「好き」を明確にして自分に「ラベル」をつける
今後、嫌々仕事をする人は減っていく。むしろ、好きなことを仕事にしていいない人間から消えていく可能性もあるという。
衣・食・住に関する生活コストが下がり続け、すべての人が働かなくてもいい時代が来たとする。その場合、仕事として好きなことを続ける人や、仕事は最小限にして趣味に打ち込む人が増えるからだ。
とはいえ、今現在、嫌々仕事をしている人が急に「好きなことを探してそれを仕事にする」というのは大変だ。
好きなことが明確にあり、仕事にできる人はもちろんそれでいい。ラッキーだ。では、好きなこと(=心から楽しめること)がない人はどうするか?
そんな人は「心から楽しめる状態」があれば問題ないという。
「心から楽しめること」にこだわらず「心から楽しめる状態」を目指す
本書では「心から楽しめること」を重視する人を「to do型」、「心から楽しめる状態」を重視する人を「being型」と呼んでいる。
99%の人間が君と同じ、being型なんだ。そして、99%の人間は『心からやりたいこと』という幻想を探し求めて、さまようことが多い。なぜなら、世の中にあふれている成功哲学は、たった1%しかいないto do型の人間が書いたものだからな。
位置No. 1948
being型の人に必要なのは、自分が環境に対して適切な強さ(=市場価値)をもっていること、そして自分への信頼、すなわち自分にうそをつかないことだという。
仕事をする上で自分にうそをついてると、自分のことを好きになれない。
そんな状態では、いくら市場価値の高い状態で仕事をしていても、人生を楽しめないのだ。
私にも心当たりがある。
メーカーで10年以上、機械設計部門で仕事をしてきた。残念ながら、配属されて以来ずっと「自分の仕事に大きな価値がある」と心からは思えていない。
せっかく憧れていた会社に新卒で入社したのだからと、仕事の内容が気に入らなくても出来るだけのことはやってきた。
自分の仕事の成果を待つ人がいる。私の場合は設計部門なので、下流の製造部門は私が作る図面が無ければ仕事にならない。
私が作った新製品のPR資料をもって営業と一緒に売り込みに行き、契約に結び付けたこともある。
達成感はあったし、会社に貢献しているという実感もあった。
でも、常に自分には嘘をついていたのだと思う。
その反動もあって複業で自分にうそをつかない環境で仕事をしたいと考えるようになった。
最近はブログやTwitter、オンラインサロンで「心から楽しめる状態」を得るための活動を開始している。
これが将来的に仕事に結びつくかは、まだわからない。
ただ、これらの活動をしているときは自分にうそをついていないという実感がある。
自分が好きになれる活動を続けて、僅かずつでも誰かに価値を提供していけたら、それが「心から楽しんで仕事をしている」状態になるのだろう。
本書では、転職は個人および会社にとって良いことなのだと述べられている。
しかし、単純に転職を勧めるような内容ではない。
天職を実行する際にすべき行動が記述されてはいるが、行動する際には自分の奥深いところと向き合う必要がある。
一方、転職を考えたことがない人にとっては、自分の市場価値を高めることについて考える、良いきっかけを与えてくれると感じる。
複業・副業を考える場合も同様だ。
自分の市場価値を高める方法を知って、どのように複業と向き合っていくべきかがわかるだろう。
そして、「どのように仕事をしている自分が理想なのか」をイメージできれば、「心から楽しめる状態」を複業によって作り出すことも可能だ。
その状態で経験を積んでいけば、きっとあなたの市場価値は上がっていく。